本日(正確には昨日)から、チャンネルNECOで 「レインボーマン」「ダイヤモンド・アイ」と並んで先ごろ亡くなった川内康範(「おふくろさん」の作詞者としても有名)三部作のひとつ

「コンドールマン」

が始まった。

オイラにとっては長年にわたって待ちに待った放送である。



見たのは本放送と再放送で一度見たぐらいなんだけど、それでも強烈に記憶に残っているのは他のヒーローものとは一線を画した特異さだ。

敵であるモンスター一族の面々はゼニクレージーにゴミゴン、スモッグドンなどなど、あまりにもストレートなネーミングから分かるように、人間の欲望や公害なんかが具現化したもの。
モンスター一族の成果として、世界に不公平を進めたことで5億人以上の人間が飢えに苦しんでいることを誇っていたりと、随所に文明社会への痛烈な批判が込められていた。

オープニングの歌詞も強烈だ。
どこの どこの  どこの誰から頼まれた
命をかける価値もない  それほど汚れたニッポンの
人の心が産みだした
「ゼニクレージー ゴミゴン   スモッグトン ヘドロンガー」
悪魔の群に敢然と  戦い挑み愛を説き
あああ あああ今日も行く
正義を助ける コンドールマン  正義のシンボル コンドールマン

「命をかける価値もない  それほど汚れたニッポンの」なんて、ヒーローものの主題歌ではちょっと考えられない。

当時、小学生だったオイラに作品のメッセージなんてのがきちんと理解できていたなんて思わないけれども、文明社会に対してちょっと斜に構えた見方をするようになったのはこの作品の影響が少なからずあると思う。

それにしても、久しぶりにこの作品を見て思ったのは、今の日本や世界の状況が30年前よりも良くなっていると決して言えないなぁってこと。

現実世界にコンドールマンはいないけれど、モンスター一族はいるってことなのかな……